拡大
トランプ米政権の戦略なき関税政策により混乱が拡大し、米国経済に甚大なダメージを与えるとの懸念が広がっている。
トランプ米政権の戦略なき関税政策により混乱が拡大し、米国経済に甚大なダメージを与えるとの懸念が広がっている。トランプ氏は米製造業の復活を狙っているが、経済のサービス化が進む中で、関税で米国を再工業化する政策は空回りする恐れが大きい。
米国は1970年代に金融引き締めに失敗し、物価上昇率が10%を大幅に超える狂乱物価(インフレ)に陥った。当時のバーンズFRB(連邦準備制度理事会)議長は「最悪のFRB議長」との烙印を押された。短期的な景気刺激を狙った金融緩和政策により高インフレが進行し、経済のコントロールが困難になり失業率も拡大した。基軸通貨のドルを支えるのは金融政策に対する国民の信頼であり、政権による一方的なFRB支配はこの大前提を崩してしまう。
2023年11月に亡くなったキッシンジャー元国務長官は晩年、「トランプ氏は戦略的な発想に欠け、何でもディール(取引)の材料としてしまい、一貫性がない。このため政策の2次的、3次的な悪影響を軽視しがちだ」と批判していた。
与党共和党で絶大な権力を握るトランプ氏の暴走を止められるのはマーケットだ。4月と7月、トランプ氏がパウエル議長の解任を示唆した際は債券、株式、ドルが同時に急落するトリプル安となり、これに衝撃を受けたトランプ氏は発言の撤回を余儀なくされた
金融市場では米景気への警戒感が急速に拡大し、債券、株式、ドルが大きく動揺した。特に債券市場は圧力にさらされている。国債利回りが急騰した英国や内閣が総辞職したフランスの債券市場は混乱しているが、米債券市場も例外ではない。米国債への買い需要は減退し、金利上昇の兆しを見せている。ほぼ毎月実施される長期国債の入札が注目されるが、今年4月にトランプ政権にショックを与えて相互関税の発動延期に追い込んだのは米3年物国債の低調な入札だった。需要減退に歯止めがかからなければ金利が急騰し、米国経済だけでなく世界経済全体が甚大なダメージにつながる恐れがある。
最近もニューヨーク債券市場で長期債相場が弱含みで推移(金利は上昇)。長期金利の指標となる10年物国債利回りは4.1%に達している
米景気を占う有力指標である雇用情勢は、勢いの失速が鮮明となった。8月の業種別の就業者数は、連邦政府が1万5000人減。トランプ大統領は政府機関の縮小と職員削減を進めており、政権が発足した1月から計9万7000人減となった。トランプ氏が振興を目指す製造業は1万2000人減。過去1年では7万8000人減少した。
統計結果に不満なトランプ大統領は責任者を解任したが、大統領が推し進める高関税政策や移民規制強化の影響が顕著で雇用悪化は覆い隠せそうにない。
既発表分も大幅に修正され、5月の就業者数は前月比1万9000人増、6月は1万4000人増と低い伸びにとどまった。アトランタ連邦準備銀行のボスティック総裁は米テレビ番組で「雇用が大きく鈍化している明白な兆候だ」と述べ、警戒感をあらわにした。「労働市場は急激に悪化するリスクが顕在化しており、各種マーケットを慎重に見定める必要がある」(シンクタンク幹部)との見方が勢いを増している。
過去3カ月、特に移民が労働力の大部分を担う建設業やレジャー・接客業で伸びが低調だった。ホワイトハウスのミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長は、政権が移民規制強化を進めており、「外国出身者の雇用落ち込みが指標に表れた可能性がある」と認めた。
また、製造業の雇用も3カ月連続で1万人超の減少を記録した。「高関税に関連した企業投資の減退などによるもの」(米金融大手)との見方が出ている。
米労働市場の予想外の弱さは、トランプ政権にとってショックだったようだ。トランプ氏は「統計が不正に操作された」として、直ちにマッケンターファー労働統計局長を更迭。動揺の激しさがあらわになった格好だが、これは禁じ手である。エコノミスト団体の全米企業経済協会(NABE)は「解任を強く非難する」と表明。米国の経済指標は正確さや透明性で「世界基準」と見なされており、「統計システムへの異例の攻撃は長年の信頼性を脅かす」と警告した。
「トランプ関税」が米企業経営を強く圧迫しているのも事実。関税発動前に輸入した商品の在庫が払底し、「物価上昇圧力はモノ全体に及ぶ」(米金融大手調査部門)など影響が顕在化。食品や小売りなど幅広い業種でコスト増となる中、企業と消費者は厳しい試練に直面している。
人気ブランド「コーチ」などを展開するタペストリーや小売り最大のウォルマートなどの首脳は「コストが増え続けている」と指摘、低価格戦略が限界を迎えつつあると訴えている。トランプ政権は製造業や流通業の値上げ動向に目を光らせるが、市場では企業がコストを吸収しきれず値上げが相次ぐとの見方が有力。物価がさらに上昇するとの懸念が高まっている。
米経済は物価高、金利上昇、景気後退が同時に進行するスタフレーション・リスクに直面する中で、FRBは連邦公開市場委員会(FOMC)を9月16~17日に開き、0.25%の利下げを決定した。FRBの利下げは24年12月以来、6会合ぶりで、第2次トランプ政権発足後では初めて。新たにFRB理事に就任したトランプ大統領側近のミラン氏のみ0.5%の大幅な利下げを提案して反対に回った。
FRBは最新の経済見通しで、25年末の政策金利の見通しを3.6%とし、前回6月見通し(3.9%)から引き下げた。年内残り2回のFOMCで0.25%の利下げを2回実施する計算となる。
ただインフレ再燃、資産バブル拡大といったリスクにも配慮せざるを得ない。利下げによる景気刺激はインフレを再加速させかねない「もろ刃の剣」。米企業がトランプ関税のコストを販売価格に転嫁し、物価をジワジワと押し上げている。
8月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比2.9%上昇した。トランプ氏が相互関税を発表した4月(2.3%)から上昇率はほぼ毎月加速しており、FRBの目標(2%)からの隔たりが目立っている。
利下げにより米株価は上昇しているが、「過熱感は否めず、先行きは波乱含み」(米エコノミスト)と警戒する声も広まっている。
為替市場は関税政策の悪影響やトランプ減税の財源問題に直面し、財政悪化懸念から中長期的にドル安の進行は避けられない。トランプ関税による米経済への甚大なダメージがさらに拡大し、健全な金融・財政政策遂行の障害となるのは必至。年末にかけて米経済動向から目が離せない。
■筆者プロフィール:八牧浩行
1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。
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