長田浩一 2024年10月29日(火) 7時30分
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10月半ばから下旬にかけて、硫黄3島を巡るクルーズに参加した。写真は硫黄島の摺鉢山と南海岸。1945年2月、この海岸に米軍は上陸した。(撮影/筆者)
中東を含むアジアは今、非常にきな臭い状態にある。ガザ地区やレバノンでの戦闘は言うに及ばず、イランとイスラエルは限定的とはいえ相互に攻撃を行っている。過去3度にわたり戦火を交えたインドとパキスタンは、新たな武力衝突の報こそ聞かれないものの、厳しく対立している。東アジアでは北朝鮮が憲法を改正して韓国を「敵対国」と定義したし、中国は台湾周辺で再び大規模な軍事演習を実施した。アジアは各地で一触即発の危機にある。なんとか平和的に事態を打開する方策はないのだろうか。
私事で恐縮だが、10月半ばから下旬にかけて、硫黄3島(南硫黄島、硫黄島、北硫黄島)を巡るクルーズに参加した。火山列島とも呼ばれるこれらの島々は、小笠原諸島の一部を構成しており、東京からは南におよそ1300キロの距離。今回のクルーズは、まず小笠原諸島の中心である父島に向かい、そこを拠点として南に約300キロ先の硫黄3島を目指した。
いずれの島も一般人の立ち入りは禁止されているので、船で周囲を回るだけだったが、日本のロストワールドと呼ばれるピラミッド型の南硫黄島、かつて定住者がいたとは信じられないほど急峻な地形の北硫黄島には、どうしてこんな形の島ができたのだろうと強い興味をかき立てられた。
しかし、なんといっても硫黄島である。80年近く前の1945年2月から3月にかけて、29平方キロの小さな島を巡って日米両軍が激突し、双方合わせて5万人近い死傷者を出す大激戦が展開された。硫黄島では、日本軍の戦死者約2万人のうち、半数の遺骨がいまだに見つかっていないという。船の上からではあるが、献花・黙とうをささげたとき、胸に迫る思いを禁じ得なかった。
硫黄島の戦いの中でも最大の激戦が繰り広げられたのが、この島一番の“高地”である摺鉢山だ。火山活動で形成された標高172メートルの小さな山で、船から見ると、米軍の砲撃により山容が変わってしまったという山肌が痛々しい。日本軍はここに強固な陣地を構築し、米軍を待ち受けた。激しい戦闘の末、米軍は上陸5日目に摺鉢山を制圧。米兵が山頂に星条旗を立てる姿を撮影した写真は有名で、日本でも多くの人が目にしただろう。ちなみに星条旗を立てた米兵6人のうち、3人は硫黄島のその後の戦いで命を落としたという。この島を巡る戦闘の激しさを物語るエピソードだ。
硫黄島には現在、海上・航空自衛隊の隊員約500人が駐留している。われわれの船が近づくと、数十人の自衛隊員が摺鉢山から手を振って歓迎してくれた。そして、山頂に翻っていたのは星条旗ではなく、日の丸だった。
日米両軍は、硫黄島に続いて沖縄でもこの年の4月から6月にかけて激しい戦いを演じ、日本側は軍人、民間人合わせ約20万人が犠牲になった。また、米軍は東京などへ一般市民を対象にした絨毯爆撃を続けたうえに、最後は原子爆弾を投下した。こうした激しい攻撃を繰り返した背景には、多くの識者が指摘するように、人種偏見と日本人への強い憎悪があったのは間違いない。
映画監督のオリバー・ストーンは、著書「語られなかったアメリカ史」で、この辺の事情を赤裸々に記述している。「アメリカ人は極めて深い憎しみを、兵士や民間人の別なく、日本人に抱いていた。ピューリッツァー賞受賞の歴史家アラン・ネビンスは『おそらくアメリカ史上、日本人ほど忌み嫌われた敵はいなかっただろう』と書いた」「多くのアメリカ人にとって、日本人は、ゴキブリ、ガラガラヘビ、ドブネズミ、つまり駆除すべき類の生き物に映っていたのだ」。
もともとの人種差別意識に加え、真珠湾奇襲や「バターン死の行進」などの捕虜虐待、カミカゼに代表される自殺攻撃などで、日本軍(人)のイメージは最悪のものとなっていた。それが米軍による度を越したとも思える軍事行動につながっていたのだろう。もちろん日本も、「鬼畜米英」などのスローガンで国民の敵対心をあおった。太平洋戦争は、双方の激しい憎悪がぶつかり合った戦いだった。
終戦から間もなく80年。米調査会社ギャラップが今年3月に発表した世論調査によると、米国の成人の83%が日本に「好感を持つ」と回答し、カナダと並んで首位となった。80年という長い年月を経ているので驚きではないかもしれないが、ゴキブリ呼ばわりから好感度首位とは、えらい変わりようだ。国民感情だけでなく、日米同盟も一段と強固になっている。この事実は、一時は激しく対立していた国同士でも、時間をかければ憎しみを信頼に変えることは可能であることを示唆している。
今、アジア各地で続いている戦闘や、激しい非難の応酬が、簡単に終結に向かうとは思えない。イスラエルと周辺の諸国・地域との反目と憎悪は第二次世界大戦直後から続いていて極めて根深いものがあるし、インド・パキスタン関係も同様だ。韓国と北朝鮮、中国と台湾も、早期の関係改善は望み薄だ。
とりわけ心配なのが、これらの紛争や対立の当事国のいくつかが、核兵器を保有している点だ。もし武力衝突がエスカレートして、どこかで核が使われたら…より大きな戦いの引き金になりかねない。
すべての国が、日本と米国のように憎悪を信頼に変えられるわけではない。しかし、お互いが自制しながら相手の立場にも配慮すれば、最悪の事態を避けることはできるはずだ。青臭い考えかもしれないが、かつての激戦地・摺鉢山を眺めながら、そんな思いが去来した。
■筆者プロフィール:長田浩一
1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。
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