北朝鮮のSNSでバズるのは詩、「いいね」から始まる恋愛も

北岡 裕    2024年7月15日(月) 16時30分

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北朝鮮のSNSでバズるのは詩だという。写真は平壌。

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北朝鮮の平壌市内の金日成主席の生家「万景台故郷家」に李昌燕さんという女性案内員がいる。何を教材に日本語を勉強したのか、まるで学校の教師のような話し方は歯切れがよい。会う度にあいさつもそこそこに「なぜ!日本人は!朝鮮に!来ないのか!」と言い、「あまりに日本人が来ないから、私は中国語を勉強した」と言うので、私たち日本からの訪問者が「申し訳ない」「すまない」と一通り謝ると、ようやく「ところで皆さんお元気でしたか」とにっこりと笑って案内を始める。話す言葉も、中国語を学びガイドが出来るまでの実力にするのも、案内の流れも、所作の全てがきびきびとバイタリティーにあふれている。

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万景台故郷家は定番スポットで、何度目かの訪問なので勝手は分かっている。曲がった水がめの話を聞き、生家の前で集合写真を撮り、散策する。2013年のことだった。横を歩く李さんにふと「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国の女性が男性に求める結婚の条件は何?」と聞くと、すぐに「同志愛です」と答えた。

意外な答えに驚き、「同志愛とは何?」と問うと、「金正恩元帥様の下、革命の成就に向かって共にひた走ることです」と言う。思わず「そりゃ無理だわ」と答えると、「なんでですかっ!」と笑いながら、また歯切れのよい日本語で私を責めるのだ。

李さんは当時ガラケーを持っていた。そのことを指摘すると、「わが国で携帯電話は革命的に恋愛を変えた」と言う。北朝鮮の人の革命的という表現に驚いた。これは尋常ではない。詳しく話を聞かせてよと今度はこちらが攻勢に転じると、若干照れた様子でもじもじと「直接会って話せないことでも、メールなら話せるじゃないですか」と歯切れが悪い日本語で言うのだ。90年代後半、日本で携帯電話の所有率が増えた頃と全く同じ話をしている。

当時、李さんには付き合っていた彼氏がいた。話を聞くと、とかく態度が煮え切らない。30歳を過ぎた李さんになかなかプロポーズしないという。「同じ男として、その態度はいただけない。実に冴えないなぁ」とぼやくと、李さんは「でも彼にも事情があるのです」とさらに守勢に回り、ますます歯切れが悪くなった。

その後、知己の記者から「李さんが結婚し、産休に入った」と消息を聞いた。そして2016年に再会した。煮え切らない彼氏とは無事結婚し、娘がいるという。携帯電話もガラケーからスマホに替わっていた。

万景台で李昌燕さんと筆者(2016年撮影)

「結婚おめでとう」とお祝いの言葉を述べ、携帯電話の話をすると、李さんは相変わらず、携帯電話は北朝鮮の恋愛を革命的に変え続けていると教えてくれた。既婚者の李さんの場合、電話の相手はもっぱら旦那さんよりも娘さんがほとんどだというが、ネット婚も盛んだという。

北朝鮮でネット婚?李さんによると、北朝鮮にも国内限定ではあるもののフェイスブックのようなSNSサービスがあり、「いいね!」から恋愛が始まるというのだ。「いいね!」のやりとりから交流が始まり、恋愛へと発展。その後、実際に会って交際、結婚したケースもあるという。

北朝鮮の人はそもそも何に「いいね!」をしているのか。重ねて問う。

「例えば、詩です」と李さんは答えた。また詩か。前回のコラムでも書いたが、本当に朝鮮民族は詩が好きだ。

視覚に訴える映える写真や動画、キャリアといった釣書ではなくて詩。情熱的な?あるいは模範的な?教条的な?それとも何か有名な詩を引用しているのだろうか。そこまでは教えてくれなかった。もちろんそれが全てではないだろうが、かの国のSNSでは詩が並んでいるというのか。視覚よりも、その詩と行間と心を読み解く審美眼のようなものが、かの国では求められるのだろうか。

まるでNHKの大河ドラマ「光る君へ」の世界ではないか。

紫式部と夫の藤原宣孝が交わした歌が1000年を過ぎた今も残っている。そこに込められたお互いの思いやすれ違い、歌い手が込めた技巧や意図が解き明かされ、日曜の夜にドラマとして放送されている。果たしてそれは彼らが望んだことなのか。選集として集められる歌があり、そこに当時の人も表現や承認の欲求を持っていたことを私はしのぶのだが、一方で私信として静かに捨ておいてほしいものまでものぞき見しているのではないかと考えるのは、果たして野暮なことなのだろうか。

それにしても北朝鮮のSNSにある詩に想像が膨らむ。制限がある中でこそ生まれる文章の美がある。例えば俳句や短歌に求められる文字数や季語などだ。

そして表現。その制限の極みをギリギリでなぞり、粋を混ぜる。それを読み解き、「いいね!」が押され、出会いが生まれる。そのやりとりの息遣いを感じてみたい。

街に飾られた七夕の短冊に書かれた願い事が通り過ぎる時にふと目に入るようにその詩を読みたい。そしてそこに込められた仕掛けを、北朝鮮の人々の心のありようを、いつか苦心惨憺しながらも解いてみたいと思うのだ。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

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※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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