「工場で働くよりフードデリバリーの仕事をしたい」=労働者不足に悩む中国の製造業

中国新聞社    2023年6月22日(木) 7時30分

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かつて中国を世界の工場の地位に押し上げた伝統的な製造業から次第に若手労働者が離れつつある。写真は旧正月期間に永康市の人材市場で開催された就職説明会。

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かつて中国を世界の工場の地位に押し上げた伝統的な製造業から次第に若手労働者が離れつつある。その理由はどこにあるのか。そして、現場の工場では人手不足の課題をどう乗り越えていくのか。浙江省中部に位置し、金属加工産業の集積地である永康市からレポートする。

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中国五金人力資源産業園は、浙江省永康市の東部に位置し、近くにはこの地域最大の人材市場(日本のハローワークに相当)がある。1月29日(旧暦1月8日、中国では年始に当たる)から2月16日にこの人材市場で開催された春の「開門紅」(幸先の良いスタートの意)就職説明会は活況を呈していた。それでも、現地をよく知る人から見れば、数年前のにぎわいとは雲泥の差だ。

かつてこの就職説明会には毎年多くの労働者が集まり、「黒山の人だかり」となった。来場者が多く、採用効果が良好なことから、当時は1ブース当たり800元を支払う必要があったにもかかわらず、「コネがない企業は参加登録できない」と言われるほどだった。だが現在は、来場者数が激減したため、企業にとって魅力が低下し、人力資源・社会保障局(以下、人社局)の下部機関である人力資源サービスセンターが企業のために無料でポスターを作成したり、スペースを設けたりして、企業の参加を奨励している。

永康市の人材市場では、伝統的な製造業の求人が全体の半分を占めている。永康市は浙江省金華市の管轄下にある県級市で、「五金」(金属製品)の都として知られ、中国の保温カップの8割、ドアの7割、電動工具の4割が永康製だ。そのため、同市には雲南省や貴州省湖南省など多くの省から労働者が集まり、昨年は永康市戸籍を持つ人口は約62万人、住民登録している外部からの流動人口は約55万人だった。

例年、元宵節(旧暦1月15日、春節を祝う最後の行事)が終わると、操業再開・職場復帰のラッシュが始まるが、多くの企業が「今年は昨年よりも労働者の確保が難しく、動き出すのが遅い」と訴えている。ほとんどの労働者が様子見をしており、「新型コロナの影響で2〜3年ぶりの帰省となった上に、昨年は景気が悪かったので、多くの人が稼げないと感じて今年は出稼ぎに来ないのかもしれない」と企業側は懸念する。

「工場で働くよりも、フードデリバリーの仕事をしたい」という若者が増えている。かつて中国を世界の工場の地位に押し上げた伝統的な製造業から、なぜ若手労働者が次第に離れていくのだろうか。「00後(2000年代生まれ)」の労働者が定着しない原因はどこにあるのだろうか。生産ラインのロボット化は人手不足の解決策となるのだろうか。

「昨年よりも労働者の確保が難しい」

永康市の有名なスポーツ用品会社の副社長の武瀟(ウー・シアオ)さん(仮名)は春節が明けてこの方、採用目標の3割しか達成できていない。「18~40歳の人を採用したいが、この年齢層は市場では獲得しにくく、本当に働く気があって、安定しているのは往々にして40代・50代だ」と話す。若者は特定の職場や業種にこだわらずに幅広く仕事を探しており、彼らにとって伝統的な製造業はもう魅力的ではなくなってきているという。

この会社では組立工を100人採用する必要があるが、ライン作業を行う非技術系の職種で毎年離職率が最も高い。若者は敏捷性さえあれば2〜3日の実地研修ですぐに作業できるようになるため、組立工は業種の選択肢が多く、人材が工場から工場へと思いのままに流動してしまうのだという。

「若手労働者は、採用が難しいのではなく、定着が難しい」。王力安防科技(WONLY)の採用責任者を務める応真聡(イン・ジェンツォン)さんはこのように述べ、若者は2〜6カ月の試用期間中に離職してしまうことが多いと明かした。

「王力」は中国で有名なドアロックのブランドで、同社は2021年に中国のドアロック業界で初めてA株(国内投資家専用)市場に上場した。応さんは2014年に入社し、採用担当となったが、当時は毎年会社の玄関に求人のポスターを貼るだけで労働者が集まった。しかし、ここ2〜3年は応さんの方から地元の人材市場に足を運ぶ必要があるばかりか、省外にも出向いて人材を獲得しなくてはならないという。

アウトドア用バッグメーカーの総責任者である袁永華(ユエン・ヨンホア)さん(仮名)は、春節連休が終わるとすぐに工場近くの労働者あっせん市場に入り浸って人材を探した。組立工など100人以上の作業員を採用する必要があるが、現在まだ少なくとも2割の人員が足りておらず、特に25歳以下の若手労働者が不足している。

永康市の労働者の多くが雲南省や貴州省などから来ている。例えば、雲南省の鎮雄県は永康市の主要な労働力供給地で、最盛期にはこの県だけで20万人近くが永康市に出稼ぎに行っていた。「雲南省や貴州省からの労働力送り出しがなければ、永康市の多くの工場は閉鎖されてしまうかもしれない」と袁さんは懸念する。近年、これらの地域では貧困支援活動の進展に伴い貧困者が減少し、省外への出稼ぎ希望者も少なくなっている。

袁さんは労働者の確保が難しい理由について、今年は昨年よりもはるかに多くの労働者が帰省したこと、工場の受注が不安定なため本格的に企業活動を再開したのは一部の大企業だけで中小企業はまだ軌道に乗っていないことを挙げた。昨年は多くの工場の経営が思わしくなく、早いうちから休みに入ったため、昨年離職して帰省した労働者の多くは春節連休が明けてもまだ様子を見ているのだという。

永康市では2月10日になってもまだ一部の工場が仕事始めを迎えていなかった

工場で働きたがらない「00後」、敬遠されがちな「40代・50代」

現地の労働市場の状況から、25歳以下の若者は昨年より2割減っていると袁さんはみている。「70後(1970年代生まれ)」や「80後(1980年代生まれ)」とは異なり、「00後」の労働者は一人っ子がほとんどで、親のサポートがあるため制約が少なく、辞めたいと思えばすぐに辞めてしまう。

いまどきの新社会人の印象について、企業の担当者が最もよく口にするのが、「意気込みのない人が多い」というものだ。この変化はなぜ生じたのだろうか。

フードデリバリーや宅配便などの業種に比べ、工場は学校に似ている。出退勤をタイムカードで記録し、朝礼と夕礼を行い、勤務時間中は工場から出ることができない。技能工になれば月収1万元(約20万円)以上稼げるとしても、若者にはあまり魅力的ではない。王力安防科技の応さんは、「技能工の仕事は時間をかけて身に付ける必要があり、習得するまでは賃金に反映されない。長くて半年以上見習いをしなければならず、多くの若者は待ちきれない」と話す。若者はアルバイトを好む傾向が強く、工場に入っても1カ月で辞めてしまうことが多いという。

また、伝統的な製造業の労働環境に耐えられない若者も少なくない。中には騒音や汚染がひどかったり、長時間重いものを運んだりするような製造工程もあり、長く働くと体を壊してしまい、「退職勧奨」されることになる。

永康市は「中国のドアの都」とも呼ばれ、ドア業界を例に挙げると、10年前は防犯ドアの「転写」作業を希望する労働者が大量にいた。転写とは、製造工程の1つで、ドアやフレームに下地を塗り、転写シートを貼り付けて図案をプリントする作業だ。かつてこの作業には女性が多く従事していたが、今は作業員が中高年になり、後継者の確保が待ったなしの状況だ。作業場の仕事はかなり体力を消耗するため、本人は仕事に満足していても、年を取ると肉体的にきつくなり、辞めざるを得ない人もいる。

このことも労働者の「定年」を大幅に早める原因となっている。採用市場では「40代・50代」の就職は難しい。40歳以上の女性や50歳以上の男性は本人の就労条件が悪い上、単一の業務スキルしか持っておらず、多くの工場から敬遠されてしまう。

OEM工場間の業界内競争が激化

湖北省恩施トゥチャ族ミャオ族自治州出身で「90後(1990年代生まれ)」の王猛(ワン・モン)さんは保温カップの製造を主力とする浙江聚賢圈杯業の創業者で、若い王さんの元には年齢が近い従業員も多く集まり、工場の人員の3分の1近くが「00後」だ。やはり「00後」は仕事に対し自由気ままで、流動性が高いと王さんもみている。

現在、工場には150人余りの作業員がおり、生産ラインでは1日に最高3万個の保温カップを製造できる。今年の春節が明けると、王さんの会社の受注は前年同期に比べて30%増えた。春節から数えて8日目の1月29日、工場は仕事を開始した。しかし、販売量が伸びても、利益は増えていない。王さんがこの事業を始めたばかりの頃はカップ1個当たり3〜5元の利益を簡単に得られたが、いまはその10分の1ほどしかないという。

保温カップ業界は技術的なハードルがあまり高くないこともあって、同業他社が数多く存在し、永康市だけでも1000社近くある。保温カップを手掛ける中小企業のほとんどがECサイトで取り扱う商品のOEM(他社ブランドの受託生産)を行っている。この産業エコシステムではブランド側が議論の余地のない頂点にあり、一般的にOEM工場側とブランド側の取り分は3対7で、2対8のところもある。

近年、OEM工場間の業界内競争が激化している。「競争のために、同じデザインならわれわれはより良い品質でなければならないし、同じ品質ならより低い価格を、同じ価格ならより行き届いたサービスを提供しなければならない」と王さんは話す。

たとえ中国の保温カップのトップ企業であっても、自社ブランド化のグレードアップは難しい。永康市に本社を置く浙江ハルス真空容器(以下、ハルス)は、2011年に中国では初めて保温カップ事業で上場した。保温カップ業界のリーダーとして、ハルスの名は業界内で誰もが知っているが、自社ブランド製品の売り上げは全体の約3割しかない。

ハルスの受注の6割以上は米国の有名ブランドのOEM生産だ。呉興(ウー・シン)副総裁は、米国のカップ・ポット関連企業トップ10のうち7〜8社がハルスによるOEMで、スターバックスの製品もハルスが受託していると語った。

しかし、ハルスが上場して10年以上たった今も、自社ブランドの売上比率はなかなか上昇しない。呉副総裁によると、ハルスは産業ブランドにすぎず、消費者ブランドではないため、多くの消費者はまだハルスのことを知らないのだ。

現在の「労働者不足」よりも、将来的に起こり得る「受注不足」こそが地元の工場の最大の危機だ。国際情勢の影響で第4四半期(10〜12月)の受注がある程度減少していたにもかかわらず、ハルスはすでに1月30日(旧暦1月9日)から仕事を始めていた。しかし、永康市の一部の地元企業が春節明けに仕事を再開したのは2月10日(旧暦1月20日)になってからで、中には2月13日という企業もあり、例年よりかなり遅い。企業の担当者によると、これは労働者不足のせいではなく、工場はすでに十分な人手を確保しているが、注文がまだ来ていないためだという。

ロボットに置き換えることが最適解なのか

労働者不足の背景には、OEMモデルのもとで日増しに余裕がなくなっている労働環境がある。袁永華さんは「永康市では住宅を借りるのに少なくとも600〜700元(約1万2000~1万4000円)必要だが、給料はわずか5000元(約10万円)ほど。中部・西部地域(経済発展が遅れている内陸部)でもこのくらい稼げるかもしれず、多くの人は春節が過ぎてもこちらに来たがらない」と語る。

一般的な労働者にとって、永康市に定住するのは至難の業だ。永康市は2021年に中国で4番目に住宅価格の高い県城(県政府所在地)にランクインした。生活費の高騰は、若者に対するこの工業都市の魅力を低下させ、上海市や杭州市などの大都市に出て学んでいる大学生にとって、永康市に戻りたいという思いは強くない。「永康市はもはや人材が流出する地域だ」と笑う人もいる。

永康市人社局人力資源サービスセンターよると、永康市は住宅問題の緩和のために、条件に合致し、市内で働く永康市以外の戸籍保有者を対象とする「ゴールドブルーカラー(高級技能労働者)マンション」約3000戸の販売を開始した。この政策的優遇住宅は周辺の一般住宅よりもはるかに廉価で提供される。

人力資源サービスセンターはさらに、年間を通じた「人材誘致プロジェクト」も計画しており、春の「開門紅」就職説明会に加え、江西省、湖南省、雲南省などの大学に出向いて100回以上の特別就職説明会も実施する予定だ。説明会に参加する企業側人事担当者の宿泊費や旅費はすべて同センターが負担する。

労働者不足は地元企業の「製造のスマート化」を加速させている。永康市は労働集約型産業である金属加工業で知られており、スマート化のニーズが高い。ハルスはここ数年、スマート化製造の導入を推進している。保温カップの製造を前工程と後工程に分け、主に成形加工を行う前工程はロボット化による労働代替率が最も高い。呉副総裁は「生産ラインが19本あり、これまで各ラインに12〜13人ずつ配置していたが、今は6〜7割がスマート化され、全体で合計数十人の作業員しかいない」と明らかにした。

ハルスの工場内では一部の生産ラインがロボットに置き換わり、スマート化された装置よって管理されている

また、製造工程も徐々に「長から短へ」変化している。呉副総裁によると、プロセスの整理統合を通じて、完成品に影響を与えることなく、生産ライン上の工数を減らし、省人化と生産性の向上を達成したという。王力安防科技では、2015年からスマート化製造の導入が始まった。整備投資は高額だが、多くの工程でロボットによる代替を実現している。

中央民族大学民族学部の黄瑜(ホアン・ユー)准教授は、長期にわたり製造業のロボット化を注視してきた。黄准教授の観察によると、スマート化は労働者の技術力を向上させず、むしろ「脱技能化」が生じるという。オートメーション化によって技能訓練に要する時間が短縮され、分業体制にも変化が現れている。ロボットが人間の作業を代替すると、通常の労働者は単純な材料の積み下ろしを担当し、技術者はロボットの調整やメンテナンスを担当するようになる。

前述のスマート化レベルの高い企業では、ロボットに置き換えられた従業員の中に大勢の技能工が含まれている。呉副総裁は、「今はスマート化によって工場作業員の技術要件はむしろ低くなり、オートメーション設備をメンテナンスできる作業員に対する需要が高まっている」と話す。

しかし、ロボットによる代替が技術的に難しい企業もある。ドア業界を例に挙げると、防犯ドアは保温カップなどのように標準化されていないため、毎日数百もの異なるロットを製造しなければならず、さらに各ロットにはさまざまな規格の型番があり、ロボットが数千種に及ぶ異なるタイプのドアを製造することは困難だ。

また、付加価値が低く、生産量が少ない製品にとっても、スマート化はコストが高すぎる。「例えば、10元(約200円)ほどのバッグは、ロボットで生産するには割に合わず、多くの企業はわざわざ設備投資をしない」と袁さんは指摘する。

欧米向け輸出用の利益が高い製品であれば、ロボット化による費用対効果も高く、多くの大企業がすでにスマート化に投資しているが、中小企業にとっては、政府の補助金があったとしても、モデルチェンジやアップグレードは難しいという。袁さんは「わが社では打ち抜き加工は部分的にスマート化しているが、組み立てはまだスマート化していない。資金の問題だけでなく、今のところ手作業の方が効率的だからだ」と話している。(提供/中国新聞週刊・取材/蒋芷毓・翻訳/吉田祥子)

※記事中の中国をはじめとする海外メディアの報道部分、およびネットユーザーの投稿部分は、各現地メディアあるいは投稿者個人の見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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