あなたは「ザナドゥ（Xanadu）」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。英文学に詳しい方なら、「コールリッジの作品に出て来る桃源郷の名ね」とおっしゃるかもしれない。往年の洋画やポップスに詳しい方ならば、オリビア・ニュートン・ジョンが主演して主題歌も歌った映画作品としてご存じかもしれない。マイクロソフトを創業したビル・ゲイツの豪邸の名は「ザナドゥ2．0」だ。

この「ザナドゥ」の名には由来がある。元朝（1279－1368年）のフビライ・ハーンが建設した夏の都の「上都（シャンドゥー）」だ。イタリア人商人のマルコ・ポーロの口述に基づくとされる「東方見聞録」で取り上げられたことから、西洋人は「ザナドゥ」を知ったとされる。「上都」の遺跡は内モンゴル自治区シリンゴル盟（「盟」は内モンゴル独特の行政区画）にあり、2012年6月にはユネスコの世界遺産に登録された。登録のための作業にも携わった同自治区文物局元副局長の王大方氏はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、上都遺跡の持つ意義や保護について説明した。以下は王氏の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

■モンゴル民族は自然を重視し、自らの習慣と中華の伝統文化を両立させた

上都は中国の元の時代に建てられた最初の都だった。東ヨーロッパにまで拡大したモンゴル勢力は、政権としては分裂していたが、東西の交通は極めて良好に保たれており、元は各地のモンゴル政権の「宗家」と見なされていた。したがって、上都は当時の世界で極めて重要な役割を持ち、中国と世界のつながりを大きく推進した。上都は世界文明のプロセスに影響を与え、変化をもたらした多くの重大な歴史的事件や人類文明の成果と密接に関連している。

また、上都遺跡がある場所は、最も典型的なモンゴル草原の一つともされている。すなわち自然環境も極めて良好だ。私は、自然環境や景観、人類の歴史と文化における際立った意義が、上都遺跡が世界遺産として認められた主たる理由と考えている。

モンゴル語では上都を「ジョーナイマン・スム（108の寺院）」とも呼んでいる。周囲は金蓮川草原と呼ばれ、水と草が豊富だ。モンゴル民族の人々は多くの家畜を伴って移動する関係で、昔から水と草が豊富な場所を重視した。

フビライが後に上都となる土地での新都市の建設を命じたのは1256年で、完成は1259年だった。当初の都市名は開平城だった。モンゴルでは、地上最高位の支配者が「イフ・ハーン」すなわち「大ハーン」と呼ばれる。中国語の「大皇帝」と同様の概念だ。当時の大ハーンはフビライの兄のモンケだった。しかしモンケは1259年に急死した。フビライは開平府でクリルタイを開催して大ハーンに推挙された。クリルタイとは有力者による会議で、モンゴルには有力者の合意を得てはじめて大ハーンに即位できる習慣があった。

フビライは中国を統治するにあたって中華の伝統文化を尊重した。まず「中統」という元号を定めた。皇帝の詔勅の立案や起草を行う重要な中央官庁の「中書省」を設立したが、やはりそれまでの中華の伝統にのっとったものだった。開平城は全領土を統治する中心になったので、開平府と呼ぶことにした。さらに1263年には、開平府を上都に改称し、新たに建設した大都と合わせて全国の「ダブル首都」にした。上都よりも南にある大都は、現在の北京に直接つながっていく。

二つの国都を持つのは、元の独特な制度だ。歴代大ハーンは春から秋までのほぼ半年には上都で政務をこなし、寒い季節は大都で執務した。北には夏の宿営地、南には冬の宿営地を設けて、春と秋に移動をするのはモンゴル遊牧民の伝統的な生活様式だった。

■かつては草原のシルクロードの中枢の地、観光客が絶賛する豊かな自然

草原地帯に作られた都の遺跡は上都以外にも存在するが、上都遺跡は保存状態が最もよい。つまり往時の状況を最もよく感じることができる。

上都はさらに、草原のシルクロードの重要な中枢だった。中国は世界と活発に交流したが、上都は中国への入口でもあった。また、上都の都市計画では人と草原、人と動物、人と水の調和が原則だった。上都遺跡の周囲の森林や、草原、河川、湿地は現在も良好な状態だ。

世界遺産に登録されてから、上都遺跡を訪れる観光客は増えた。2018年には、毎年50万人以上が訪れた。特に夏には草が青々と茂り、青い空と白い雲の対比も見事だ。写真を見ても、多くの観光客が上都遺跡の風景を絶賛していることが分かる。

また、上都の周囲ではここ数年、以前にも増してノロジカ、キツネ、キジ、ハクチョウなどの野生動物を多く見るようになった。このことは、環境がさらに改善されていることを示している。現地の野生動物はまるで、上都遺跡が好きで寄ってくる「ファン」のように見える。

中国中央政府で文化財を所管する国家文物局は2020年11月に、「全国世界遺産管理会議」を開催した。同会議で発表された「中国世界文化遺産2019年度総報告」で、元上都遺跡は雲崗、西湖、さらには紀元前3500年から紀元前2200ごろまで続いた長江文明の遺跡である良渚遺跡など、中国で最も有名な世界文化遺産と並んで「五つ星」の最高格付けを獲得した。われわれは、上都遺跡保護管理従事者の心血と献身の結晶と考えている。

上都遺跡の保護管理活動は2021年から2022年にかけて、オンラインサービスを実施するなどで、新型コロナウイルス感染症による打撃を克服した。上都遺跡の保護と管理、広報、展示活動はこれからの10年に、さらに大きな成果を収められるはずだ。（構成 / 如月隼人）