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世界的に著名なハンセン病専門家の李桓英さんは、2014年に定年退職の手続きをしましたが、98歳になった今も毎日、職場に通っています。資料写真。
世界的に著名なハンセン病専門家の李桓英さんは、2014年に定年退職の手続きをしましたが、98歳になった今も毎日、職場に通っています。勤め先は北京熱帯医学研究所です。
李桓英さんは1921年に北京市内で、官僚の家に生まれました。同済大学医学院と米ジョンズ・ホプキンス大学を卒業し、29歳で性病専門家として世界保健機関(WHO)のスタッフになりました。しかし李さんは勤めはじめて7年後に、米国に移住した両親と4人の兄弟姉妹に内緒で、一人で中国に戻ることにしました。1958年のことでした。
記者の取材に対して李さんは、自分の最も輝かしい時代を祖国に捧げたかったからだと説明しました。
李さんは帰国後、一貫して伝染病の防止と治療に携わりましたが、指示によって1978年に北京友誼病院熱帯医学研究所に異動してからは、ハンセン病の治療に専念するようになりました。
中国は1994年、独自に開発したハンセン病短期間総合療法で成功を収め、その成果を世界に広めました。李さんは1996年から、国内におけるハンセン病撲滅運動に率先して取り組み、親子伝染の予防と社会末端の感染防止ネットワークを結びつけたモデルを打ち出しました。
2016年12月27日、95歳の李さんは北京友誼病院のその他の数十人と共に中国共産党に加入しました。まずは共産党予備党員になり、翌年には正式党員になったのです。
李さんは、「90歳を過ぎて共産党に入ることには、強い決意が必要だった。技術を持つ者に対する党の要求を満たさねばならない。大変だからやめるとか、汚いからやらないとか、そんなことではだめなのです」と話しました。
李さんは結婚したことがなく、98歳の今も一人暮らしを続けています。
李さんは2014年に定年退職の手続きをしたのですが、98歳になった今も毎日、勤め先の北京熱帯医学研究所に通っています。世界でも著名なハンセン病の専門家である李さんとしては、研究や患者から離れることができないのです。
中国におけるハンセン病患者数は現在、3000人を切りましたが、李さんは「ハンセン病のない世界を実現する」という理想を抱いており、その実現のために100歳まで仕事を続ける目標を立てています。(提供/CRI)
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