<遠藤誉が斬る>ベトナム船と中国海警の衝突は92年領海法の正当化――中国海洋戦略を読み解く

Record China    2014年5月12日(月) 7時0分

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西沙諸島近海で、中国海警の大型船舶がベトナム警察の巡視船に体当たりする状況が繰り返されている。ベトナム船と中国海警の衝突から、中国の海洋戦略を読み解くこととする。写真は西沙諸島。

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5月2日以降、西沙諸島(パラセル)近海で、中国海警の大型船舶がベトナム警察の巡視船に体当たりする状況が繰り返されている。

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これに関し「中国の内部権力抗争の表れ」として「鉄道部や石油閥だけでなく電力閥をもターゲットとし始めたので、その利益集団が(腐敗を撲滅しようとする)習近平政権に対して、いやがらせをしている」という趣旨のコメントが複数のテレビ番組で見られた。

 あまりの方向違いの解説を座視することができず、今回はベトナム船と中国海警の衝突から、中国の海洋戦略を読み解くこととする。

 ベトナムと中国の海洋対立は16世紀まで遡るものの、直近の中国の海洋戦略から見るなら、1992年に制定された中国の「領海法」(正確には「領海および接続水域法」)に求めることができる。

 江沢民はこの「領海法」第二条で、「中華人民共和国の陸地領土は、中華人民共和国大陸およびその沿海島嶼、台湾および釣魚島尖閣諸島)を含む附属各島、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島およびその他すべての中華人民共和国に属する島嶼を包括する」と規定している。

 この条文にある領域をつなげていくと、いわゆる「中国の赤い舌」と呼ばれる、中国が主権を主張する領海領土となる。この領海内に侵入した外国船舶を「違法」とみなして領海外に駆逐することも、「領海法」は定めている。

◆沖縄返還が絡む「大陸棚」主張

 なぜこのような一方的な主張が可能になったかと言えば、一つには91年末のソ連崩壊があり、もう一つは92年(実際は91年から)におけるアメリカ軍のフィリピンからの撤退がある。

 このタイミングに合わせて、中国は「自国の領土の大陸棚は全て中国の領土領海」という思想に基づいて「紅い舌」を設定した。「大陸棚」という考え方は、沖縄返還時(71〜72年)の釣魚台(尖閣諸島)に対する、当時の「中華民国」総統、蒋介石のブレインが編み出した主張を受け継いだものである。

 

 中国が海底資源の掘削を具体化し始めたのは1982年。「中国海底石油総公司(CNOOC、クヌーク)」を設立し、大陸における石油掘削から海底の石油や天然ガス掘削に移っていく。

拙著『中国人が選んだワースト中国人番付』の37頁前後で詳述したように、たしかにCNOOCを含めたこんにちの石油閥を形成してきたのは周永康だ。また本コラム第31回『<遠藤誉が斬る>次のターゲットは李鵬元首相系列――「石油閥」から「電力閥」に進む中国の虎退治』( 4月22日)でも触れたように、腐敗撲滅の次のターゲットは電力閥(李鵬ファミリー)に移っている。

しかし、だからと言って、今般の中国海警の行動の背景が、中国内部の権力抗争にあるなどという分析を流布させるのは実に危険だ。

そのような甘いものではない。

そもそも「中国海警」は習近平肝いりの組織で、習近平政権が誕生した最初の全人代(2013年3月)で正式に再編成されている。習近平の腹心が並ぶその組織が、なにゆえ習近平政権に嫌がらせをするためにベトナム船と衝突しなければならないのか。

また現在の中共中央指導部(政治局常務委員)に軍隊経験者がいないので「軍の統率が出来ていない」などという解説も日本では見られるが、これも違う。胡錦濤政権の時の中共中央政治局常務委員にも軍隊経験者はいない。

毛沢東トウ小平時代ならまだしも、軍隊は中共中央軍事委員会が統括し、その最高司令官は軍事委員会主席(今は習近平)が担い、同時に中共中央総書記を兼任する。現在の軍事委員会副主席は習近平の腹心。人民解放軍は、すべてこの軍事委員会の管轄下にある。

つまり、今般の中国海警の動きは、一部の軍の暴発でもなければ、政権内部の権力争いでもないということだ。

◆米比軍事同盟に反発

ならば、何が原因か――。

それは取りも直さず、オバマ大統領が4月のアジア歴訪でフィリピンとの軍事同盟を再締結して、「力による現状変更は認めない」と宣言したことにある。

「領海法」は米軍がフィリピンから引き揚げた92年に制定されている。

その米軍が再びフィリピンと軍事同盟を結ぶことは、中国にとっては絶対に許されないことだ。

中国側は「力による変更ではなく、領海法で決まっている中国の領土領海を守っているだけ」と主張したい。

特に中国は「二国間」の話し合いを主張し、第三国が介入することを極端に嫌っている。国際法に持って行かれると弱いことを自ら知っているからだろう。

米中では「新型大国関係」を誓いながら、一方では海洋権益は一歩も譲らない。「領海法」を正当化し、あくまでも海上海底権益を死守するつもりだ。それは「領海法」で中国が一方的に定めた「赤い舌」の中の一つである「尖閣諸島」に対しても、同様の主張と行動を続けることを意味している。

政権内部の権力抗争とか、軍を掌握しきれていないなどという「希望的観測」により、日本の国策を見誤らせてはならない。

<遠藤誉が斬る>第34回)

遠藤誉(えんどう・ほまれ)

筑波大学名誉教授、東京福祉大学国際交流センター長。1941年に中国で生まれ、53年、日本帰国。著書に『ネット大国中国―言論をめぐる攻防』『チャイナ・ナイン―中国を動 かす9人の男たち』『チャイナ・ジャッジ毛沢東になれなかった男』『チャイナ・ギャップ―噛み合わない日中の歯車』、『●(上下を縦に重ねる)子(チャーズ)―中国建国の残火』『完全解読「中国外交戦略」の狙い』、『中国人が選んだワースト中国人番付』など多数。

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